2025年4月18日金曜日

2025年4月13日

 2025年4月13日 受難節第6主日礼拝説教要旨

「イエスさまの御国で生きる」 小笠原純牧師

  ヨハネによる福音書 18:28-40節

 平安教会は新島襄ゆかりの教会です。新島襄が亡命をした船の船長のテイラーは、船主であったハーディーに、新島を紹介します。新島は、Why I escaped Japan ? (なぜわたしは日本を脱出したのか)という長い手記を書きました。できあがったこの手記には、新島がどんなに神さまのことを勉強したいかということがせつせつと書かれてありました。ハーディー夫妻はこの手記を読んで心を動かされます。ハーディー夫妻は、新島がはるばる日本から誰も頼るものがないのに、神さまのことを学びにやってきたということに感動したのです。新島は真剣に「真理とは何であるのか」ということを考えて、そして一生懸命に生きていたのです。

 イエスさまを尋問した総督ピラトは、イエスさまに対して「真理とは何か」というふうにつぶやきました。それはイエスさまに「真理とは何か」ということを尋ねているのではありません。ピラトは「真理などというものがあるのか」というふうにつぶやいているのです。ピラトにとって、本当に正しいことが何であるのかということは、どうでもいいことでした。そしてもう一歩進めて、ピラトは「真理などというものが、そもそもあるのか。そんなものはありはしない」というふうに言っているのです。そして真理について語っておられるイエスさまに対して、「おまえは本当にそんなことを信じているのか」というふうに言っているのです。

 しかし絶望の中にあっても、イエスさまは真理を求めることの力強さを示しておられます。いまどんなに絶望の中にあっても、必ず真理につく者が出てくる。そしてイエスさまの言葉にしっかりと耳を傾ける者が出てくることを、イエスさまは確信しておられます。イエスさまが希望を失うことがなかったのは、それはイエスさまが真理に依り頼んでいたからでした。武力や権力はかならず崩れさって行くものです。しかし真理に依り頼んでいる限り、神さまはイエスさまを見捨てられることはなく、かならず守ってくださることを、イエスさまは知っておられたのです。

 イエスさまは自分がこの世に属するのではなく、ほかの国に属していると言っておられます。イエスさまは神さまの国に属しておられるのです。そこは武力や権力によって支配されているのではありません。イエスさまの御国は真理が満ちている国なのです。

 私たちはこの世でなんとなくあきらめるのではなく、「真理とは何か」「神さまのみ旨とは何なのか」と、真剣に問うていく誠実な歩みでありたいと思います。


0 件のコメント:

コメントを投稿