2026年1月25日 降誕節第5主日礼拝説教要旨
「汚れた霊が逃げていく」 小笠原純牧師
マルコによる福音書 1:21-28節
韓国のソウルにある警察庁人権保護センターという建物を見学したことがあります。この建物は、昔、南営洞対共分室という内務部治安本部傘下の対共捜査機関の庁舎でありました。政府に反対をして、韓国の民主化運動をしていた人たちを捕まえて、拷問をしていたという施設です。この建物は韓国近代建築の巨匠と言われる建築家によって建てられています。この建物は、外から拷問をしていることがわからないようにするような感じで作られています。とても有名な建築家によってこの建物が設計されているということに、わたしはとても重い気持ちになりました。だれもそんな拷問を行ないやすい建物など、建てたくはないわけです。しかし拷問を行なう国家の指導者が、そのような建物を建てたいといえば、だれかがそうした建物を設計し、建物は建てられます。「おまえなら、どうする」。そういう重い問いが投げかけられているような気がして、警察庁人権保護センターをあとにしました。
イエスさまが汚れた霊を追い出すようすを見て、人々は「この人は権威ある新しい教え」を語っていると言いました。汚れた霊もイエスさまの言うことに従う。イエスさまは神さまの権威でもって語っておられる。そのように人々は思いました。律法学者たちやファイサイ派の人々が語った教えは、そうした力のない教えでした。汚れた霊や悪霊の働きを容認してしまう教えでありました。「仕方がないよ。どうしようもないのだから。見て見ぬふりをするしかないよね」。私たちも力のない者ですから、世の中の雰囲気に呑まれて、口を閉ざしてしまいそうになります。
イエスさまは男の人に取りついている汚れた霊に「この人から出て行け」とお命じになられました。そして汚れた霊は男の人から出ていきます。私たちには汚れた霊や悪霊をお叱りになるイエスさまがおられます。イエスさまが力強い御手でもって、汚れた霊や悪霊を追い払い、私たちの社会が神さまの御心に適う社会へと導いてくださいます。
そして私たちもまた汚れた霊を遠ざけるような生き方をしたいと思います。私たちはいつも主の祈りを礼拝の中で祈り、「悪より救い出したまえ」と祈ります。「悪より救い出したまえ」。誘惑の多い世の中です。また気づかないうちに、悪に取り込まれてしまうというようなこともある世の中です。「悪より救い出したまえ」と祈りつつ、神さまを信じて歩んでいきたいと思います。