2026年9月6日 聖霊降臨節第16主日礼拝説教要旨
「大切なことを見つめる」 小笠原純牧師
マルコによる福音書 12:35-44節
わたしは昔、ケーキを家族に買って帰ってきて、二人の娘が「わたしがこのケーキが食べたい」「いやわたしもこのケーキがいい」というようなことで、いさかいを始めるというようなことがありました。まあせっかくおいしくケーキを家族で食べようと思ったわけですが、まあそれが原因でケンカになるというようなことがおこるわけですから、人間のすることというのは、なかなか大変だあと思います。大切なことはおいしくケーキを食べることであったのに、ちいさなことにこだわってケンカが起こるのです。
律法学者たちは細かいことにこだわって、大切なことを見失ってしまうということがありました。「律法にこう書いてある」「この律法の箇所は、このように解釈をするべきだ」というようなことにこころが向いてしまっていました。ですから律法学者は「メシアはダビデの子孫から生まれなければならない」というようなことにこだわっているわけです。
そうした細かなことが大切なのでなくて、神さまの愛が貧しいやもめに向けられているということに気がつくことが大切だろう。神さまが私たちを愛してくださり、欠けたところの多い私たちをそれでも許し、愛してくださっているということが大切だろう。貧しいやもめが、神さまを信じ、こころからの献げ物を神さまに献げようとしていることのほうが大切だろうと、イエスさまは言われるのです。
家柄がいいとか、裕福な生活をしているとか、たくさんの知識を持っているとか、そういうことが大切なことではないと、イエスさまは言われました。大切なことは、神さまが私たちを愛してくださっているということなのだと、イエスさまは言われます。貧しいやもめはそのことをよく知っていました。ですからやもめは神さまに対して自分ができる精一杯の感謝を表したのでした。
神さまはあなたを愛してくださっている。あなたがどんなに邪な思いをもつ者であったとしても、あなたが神さまにふさわしい者でなかったとしても、それでも神さまはあなたを愛してくださっている。自分のことを信じるのではなく、神さまを信じて歩みなさい。神さまは罪深いあなたを許してくださり、イエス・キリストの十字架と復活によって、あなたに永遠の命を約束してくださった。その憐れみ深い神さまの愛を信じて歩んでいきなさい。
イエス・キリストの招きにこたえて、神さまを信じて歩んでいきましょう。