2026年3月8日 受難節第3主日礼拝説教要旨
「イエスさまがいつも一緒に」 小笠原純牧師
マルコによる福音書 8:27-30節
周りの人が、何をしているのかということは、とても気になることです。こどもだって、周りのことが気になります。「○○の映画に連れて行って。みんないってる」。大人も周りが気になります。「ひろむは、もう字がかける」とか。しかし人の子と比べることよりも、私たちは「自分の子をしっかりと見る」ということが大切であるわけです。そして私たちが、何を大切に生きているのかを、はっきりともっていることが大切です。わたしにとって大切なことは、「イエスさまがわたしを救ってくださり、イエスさまがいつも一緒に歩んでくださっている」ということです。ほかのことは、自信をもっていうことができませんが、このことだけはだけは、わたしは自信をもっていうことができます。
イエスさまは「わたしのことを人は、いろいろと言っているけれども、あなたはどう思うのか」と、弟子たちに問われました。「人はいろいろと言っているだろう。でも、あなたはどう思うのか」。そんなふうにイエスさまは問われました。そして使徒ペトロは、「あなたは、メシアです」。「あなたはわたしにとっての救い主です」と、使徒ペトロは答えました。
イエスさまは言われます。「周りを見回すだけでは、大切なことは得られないんだ」。「どうだペトロ、おまえはどう思うんだ」「ペトロ、おまえはどう生きるんだ」。そんなふうにイエスさまは、使徒ペトロに問われたのでした。そしてペトロはなかなか立派な答えができたわけです。
しかし、まあこう言いながらも、結局、使徒ペトロはイエスさまを裏切って、イエスさまが十字架につけられるのを、見殺しにしてしまったわけです。人間はそうした弱さをもっています。しかしそのあと、ペトロは十字架につけられ、よみがえられたイエスさまと出会い、やっぱりイエスさまに付き従う歩みをしました。苦しいとき、悲しいとき、もうだめだと思えるとき、使徒ペトロを支えたのは、救い主イエス・キリストだったのです。ペトロは裏切ったけれども、イエスさまはペトロを裏切りませんでした。いつもペトロを支え、励まし、導き、その生涯を守り、弱いペトロを神さまへと導かれたのでした。
私たちはひとりで人生を歩んでいるのではなくて、いつもイエスさまが一緒に歩んでくださっています。そしてわたしはそのことを知っているのです。イエスさまと共に歩みましょう。イエスさまは私たちが崩れ折れそうなときも、私たちをしっかりと抱きしめ、私たちと共に歩んでくださいます。