2026年5月24日 聖霊降臨節第1主日礼拝説教要旨
「聖霊に導かれ」 小笠原純牧師
マルコによる福音書 4:26-34節
ペンテコステおめでとうございます。ペンテコステの出来事の「ほかの国々の言葉で話し出した」というのは、たんに外国語を話したということではなく、相手の立場に立って、互いに尊敬しあう歩みを行なうということです。
イエスさまは神の国は、成長する種のようなものであると言われました。作物の種を植えるとだんだんと大きになっていきます。茎が成長し、穂が実り、豊かな実となっていく。本質的には種を成長していくのは、神さまがなさることだと、イエスさまは言われます。イエスさまはからし種の話をされました。からし種はちいさな種だけれども、それが成長すると、鳥が葉の陰に巣をつくるほど大きな枝をはることができる。そのように、小さな良き働きが神さまに祝福されて、神さまの義と愛に満ちた神さまの国になっていく。
私たちの世の中は、人間の世の中ですから、そんなに平和な世の中でもありません。いろいろな競争があったり、人を傷つけることがあったり、人から傷つけられるようなことがあったりもします。一生懸命に努力をしても、うまくいかないこともあります。とくに現代は、競争社会となり、個人主義的な価値観が広がり、神さまの霊である聖霊が、私たちの世の中に働いているとも思えないというような気持ちになるときもあります。
みなさんは、最近、私たちの世の中には聖霊が働いているというふうに感じたことはありましたでしょうか。卑近な例で申し訳ないのですが、わたしは最近、「プラダを着た悪魔2」という映画を見ながら、私たちの社会には聖霊が働いているというふうに思いました。もちろん現代アメリカの社会が描かれているお仕事映画であるわけですから、仕事の上での駆け引きがあったり、キャリアアップを目指していく歩みがあるわけです。それでもそうしたなかにあっても、人を思いやる気持ちや、信頼しあうこころ、競いながらも和解をして友だちとして受け入れあっていく歩みがあります。やっぱり、人の世界の根幹にあるものは、「愛」であるということを感じることができ、なんかとてもさわやかに気持ちがいたしました。
私たちの世界は、神さまの愛が働いている、聖霊の働きに導かれた社会です。そしてイエスさまの弟子たちに降った聖霊は、私たちにも同じように降ります。私たちは神さまの霊である聖霊による祝福を得て生きています。神さまの愛を信じて、今日、私たちにくださった聖霊の導きによって、健やかな歩みをしていきたいと思います。に出会う歩みへと招かれたい。