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2025年6月13日金曜日

2025年6月8日

 2025年6月8日 聖霊降臨節第1主日礼拝説教要旨

「教会ー思いやりをもって生きるー」 小笠原純牧師

  使徒言行録 2:1−13節

 ペンテコステおめでとうございます。今日は姉妹教会のPOVUCC教会から、19名の方が礼拝にいらしてくださっています。

 イエスさまの弟子たちに聖霊がくだって、彼らは「ほかの国々の言葉で話しだし」ます。「ほかの国々の言葉で話した」というのは、相手の立場に立って、相手の気持ちになって話をしたということです。自分の都合ではなく、相手の気持ちを大切にして話すことによって、話が伝わっていくのです。

 人はなかなか思っていることを口に出せないものです。人は「大丈夫」と言われると、大丈夫でなくても、「大丈夫」と応えてしまったりします。わたしは若い時に、病気になって入院をするということがありました。大学病院ですから医学部の教授の回診というがありました。みんな病気なので、「ここがいたいとか、ここが気になる」「いろいろ質問してみよ」というようなことを言っているわけです。でも実際に回診のときに教授から「小笠原純さん、大丈夫ですか」と尋ねられると、「大丈夫です」と応えたりしてしまっていました。

 教会というところは、相手の気持ちになってとか、思いやりをもってということを大切にしているところです。それは教会がもともと、相手の気持ちになって、相手の立場に立って、神さまのことを伝えることによってできてきたところだからです。

 そして教会は、「赦し合う」ということを大切にしているところです。キリスト教のもっとも大きな特色は、失敗者・落伍者が伝えた宗教だというところです。イエスさまの一番弟子と言われていたペトロは、イエスさまが十字架につけられるときに逃げてしまいました。ペトロだけでなく、他のお弟子さんたちもイエスさまを裏切りました。しかしそのイエスさまを裏切ったお弟子さんたちが、復活されたイエスさまに出会い、赦されて、神さまのことを伝えて行きました。

 ですからキリスト教は失敗者・落伍者が「自分が赦された」という喜びを伝えた宗教なのです。それで自分が赦されたのですから、キリスト教は「赦し合う」ということを大切にしています。教会は、「思いやりをもって生きる」「赦し合う」ということを大切にしているところです。ちょっと疲れたなあとか、なんかちょっと不安な気がするなあというようなとき、ぜひ教会に行ってみてください。

 皆様のうえに、神さまの恵みと祝福とが豊かにありますようにとお祈りしています。

 

2023年7月14日金曜日

2023年7月9日

 2023年7月9日 聖霊降臨節第7主日礼拝説教要旨

「説法を聞けば直ちに眠りを催し」 山下智子牧師

   使徒言行録 20:7-12節

 「説教を聞けば直ちに眠りを催し」。新島襄は若き日を振り返り、自身がそのような居眠り青年であったことを正直に告白しています。この告白は同志社が創立されて3年半ほどたった1879年5月17日、新島が京都四条で行った演説の原稿「霊魂の病」に明らかです。

 使徒言行録にもトロイアの出来事としてエウティコという名の居眠り青年が出てきます。礼拝や授業の際に眠くなるのは誰でも経験のあることでしょう。しかし青年の場合、礼拝での居眠りが命に係わる大事件へとつながりました。彼は窓に腰を下ろしてパウロの話を聞いていましたが、話が夜中まで続いたのですっかり眠り込んでしまい、アッと思った時には3階から地上に落下し、命を落としてしまいました。

 最近日本でよく聞かれる「自己責任論」ならば「居眠りするのが悪い」「そんな場所に座るとは不注意だ」と冷ややかに評され、青年は命の責任のすべてを自分で負うことが求められることでしょう。しかし、新島襄によるならば自分が人より正しい者であると思い傲慢なのは誤ったことで深刻な「霊魂の病」です。新島は自身の経験から、この病を癒す大きな力を持つキリストにより「人間の本位」を取り戻すことができると確信したといいます。

 エウティコが落下した時、パウロは青年の元に駆け付けると、彼の上にかがみこみ、抱きかかえて、「騒ぐな、まだ生きている」といいました。すると驚いたことに青年は生き返りましたが、聖書はこの奇跡中の奇跡を非常にあっさりと伝えています。

 なぜでしょうか。青年の死は、彼自身も含め、皆が彼の命に対して当たり前の注意を怠った結果のあってはならない残念な死といえます。人々は「危ないと起こさせばよかった」「室内に座れるよう詰めればよかった」、パウロは「話が長く難しすぎたのだろうか」「説教に夢中で会衆が見えてなかった」などと後悔の念に駆られていたことでしょう。

 だからこそ、「わたしは復活であり、命である」と言われたイエスが、ヤイロの娘を「なぜ、泣き騒ぐのか。子どもは死んだのではない。眠っているのだ」と起こされた時の様に、神が一同を深く憐れんで下さり、青年が生き返った喜びと慰めはあまりにも大きなものでした。個人としても教会としても他人事として「良かったですね」などと軽々しくはとても言えない、自分事として「ああ、命を救っていただいた」と十分な言葉も見つからないまま、深い感動と感謝の内に共に聖餐にあずかり、さらに朝まで主の深い恵みを語り合ったのです。


2023年6月10日土曜日

2023年6月4日

 2023 年 6 月 4 日 聖霊降臨節第2主日礼拝説教要旨

「百花のさきがけ」 高田太牧師

  使徒言行録 9:3-20 節

 2015 年から同志社教会と梅花女子大学で働いています。以来、この両者の繋がりが、わたし達、会衆主義の伝統に連なる教会のための大切な遺産であると気付かされ続けて来て、これによって信仰を養われています。

 同志社の創立者、新島襄が死の間際に詠んだ有名な漢詩があります。「庭上の一寒梅、笑うて風雪を侵して開く。争わずまたつとめず、自ずから占む百花の魁」。この 2 年ほど前、1887 年 4 月 1 日に新島は月ヶ瀬に出かけています。「梅花の消息を問わんと欲し、今朝、俄に思い立って木津に来たる」というのです。なぜ梅も終わりのこの時期なのでしょうか。

 1878 年、大阪最初の女学校として梅花女学校が生まれました。その時代、女子の教育は必要と思われておらず、キリスト教への風も優しいものではありませんでした。それでも風雪を侵して、春を告げるべく花は開きました。この梅花学園の創立者は、浪花公会牧師の澤山保羅[ぽうろ]です。新島同様、アメリカに留学しましたが、英語の習得に苦労し、病に倒れることしばしばにして、私費留学で生活も貧しかったのでした。留学の 3 年目、公費留学扱いにしてもらえないかという願い出も却下され、目の前は真っ暗だったでしょう。ダマスコへの道で視力を失ったサウロの姿がこれに重なります。

 暗闇の中のサウロを訪ねたのはアナニアでしたが、澤山のアナニアは宣教師レビットでした。目からうろこが落ちました。なぜ自分がアメリカにいるのか、立身出世のためだと思えば暗闇であったその同じ状況が、まさに日本へのキリスト教伝道のための完全な備えであったと気付きました。澤山はパウロの名を自らのものとし、パウロのごとくに自給の道を行きました。しかしその精神が、京都と大阪の対立を生み出すこともありました。

 澤山の永眠は 1887 年 3 月 27 日、29 日に告別説教をしたのは新島でした。新島の月ヶ瀬行は葬儀の三日後です。「梅花の消息を尋ね」に行ったのです。まさに梅の終わりの時、月ヶ瀬の梅林に新島は澤山の姿を、そして梅花女学校の姿を重ねて祈ったのでしょう。その祈りこそが美しい漢詩を生み出したのではないでしょうか。

 百花のさきがけとして大阪に開いた梅花の自給の精神は、「必要なものは神与えたもう」の信仰です。会堂に関する幻を抱いておられるこの時に、わたしどもの教会の原点にあるこの精神をお伝えできたらと思いました。


2021年4月8日木曜日

2021年4月4日

 2021年4月4日 復活節第1主日礼拝説教要旨

    「希望に変わる朝」 小笠原純牧師

     ヨハネによる福音書 20:1ー18節

 イースター、おめでとうございます。主イエス・キリストのご復活を心からお祝いいたします。イースターの出来事は人間が負け、そして神さまが勝利された出来事です。人間は負けたのです。人を辱めることによって、自分をはずかしめ、力を合わせて生きていくのではなく、人をおとしめることによって生きていく道を、人間は選んでいくのです。しかしそうした希望のない人間に対して、神さまはイエスさまを復活させてくださり、そして私たちの希望の光としてくださったのです。

 受難物語や復活物語をよむときに、「人間って、だめだな」ということを思わされます。復活物語は、イエスさまがよみがえられたことを弟子たちがすぐに信じたというようなことが記されているわけではありません。信じられない人間の姿が描かれています。しかしこの「人間って、だめだな」ということがとても大切なことなのだと思います。

 将棋やチェスのようなボードゲームには、最後までゲームをするのではなく、「投了」という形で負けを認めるということがよく行なわれます。負けている側が「負けました」と言って、ゲームを終えるわけです。そして将棋などではそのあと「感想戦」があるわけです。行なわれたゲームをふりかえるのです。しっかりと負けを認めて、そしてどのような負けであったのかということを振り返ることによって、新しい歩みが始まるのです。

 イエスさまの遺体がないことに混乱し不安になったマグダラのマリアは泣くしかありませんでした。しかしそののち、天使たちに出会い、そして園丁のように見えたイエスさまに出会い、そしてイエスさまから「マリア」と声をかけられ、よみがえられたイエスさまに気がつきます。そして最後にはっきりと、マグダラのマリアは「わたしは主を見ました」と弟子たちに告げたのです。

 その「わたしは主を見ました」とのきっぱりとしてマグダラのマリアの声に、私たちは希望の朝があることを知るのです。イエス・キリストが私たちのためによみがえってくださり、希望の朝をもたらしてくださるのです。私たちを赦し、私たちを励まし、そして私たちをもう一度立ち上がらせてくださるのです。

 イースター、よみがえられたイエスさまと共に、安心して歩んできましょう。主イエス・キリストは私たちを見捨てることなく、私たちと共に歩んでくださいます。


2021年3月12日金曜日

2021年3月7日

 2021年3月7日 受難節第3主日礼拝説教要旨

    「与える幸い」 桜井希牧師

     使徒言行録 20:34ー35節

 使徒言行録の2,4,5章には初期の教会の様子が描かれています。弟子たちは出かけて行って病人を癒したので、多くの人々が病人を連れて集まり、そして病人は一人残らず癒されたと言います(5:16)。また弟子たちは罪人を招いて一緒に食事をし、自分の持ち物や財産を差し出して、必要な人に分け与えました。そのため教会には貧しい者が一人もおらず、飢えることもなかったことが報告されています(2:44-47,4:32-35)。一見すると、幸せそうな教会生活のようにも思えます。けれどもこのような教会の根底には、十字架へと向かうイエスを裏切って逃げ去った弟子たちの姿があるように思うのです。

 イエスを見捨てた彼らは、今度は自分が逮捕されるかもしれないという恐怖におびえながら身を潜ませていた。そしてイエスが処刑されたとのニュースを伝え聞いたとき、彼らは自分の罪深さを責めてやまなかったのではないか。イエスは殺され、見捨てた自分たちはこうして生きている。おそらく弟子たちは、今の自分に何の価値も認められず、これから何を目的としていきていくべきかもわからない、いわば生きながら死んでいるような状態だったのではないでしょうか。

 そのような弟子たちに、イエスはガリラヤに行くように告げています。ガリラヤは彼らが初めてイエスと出会った場所です。おそらく彼らは故郷に帰り、自分たちがイエスの弟子になった時のことを思い出したに違いありません。マタイによる福音書によれば、イエスは弟子たちに「あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい」と命じています。つまり、彼らにはもう一度人間をとる漁師となる人生が与えられる。「あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい」とは、「今度はあなた方の番ですよ」という、イエスからのエールなのではないか思うのです。弟子たちは今度こそ逃げることをやめ、イエスとともに生きていく人生を選びました。イエスの復活は弟子たちの復活に他なりません。彼らにとって教会はイエスとの共同生活の再現であり、生き直すための場ではなかったかと思うのです。

 こうした教会の交わりから私たちはそれぞれの現場へ、家庭や職場、地域社会へと遣わされていきます。私たちに託された使命の一つは、そこで教会と同じような交わりを築いていくことではないでしょうか。今日読んでいただいた聖書箇所はその指針となる言葉だと言えます。「受けるよりは与える方が幸いである」と言われると、私たちはこうあらねばならないと身構えてしまったり、今の自分にはそんなことはできないと思ってしまうこともあります。けれども振り返ってみますと、私たちは自分が辛くて苦しくて助けを求めていた時、孤独の中で打ちひしがれていた時に、寄り添ってくれた人、手を差し伸べてくれた人、共に泣いてくれた人がいたことを思います。そして今度は自分もそのような人でありたいと思わされたのではないでしょうか。与える幸せは尽きることがありません。もしも与えることによって人生が行き詰まったり、生きづらくなるようなことになれば、神は教会の交わりを通して必要なものを与えてくださる。そのような信仰をもってこれからも歩んで参りましょう。


2019年6月17日月曜日

2019年6月9日

2019年6月9日 ペンテコステ(聖霊降臨日)礼拝説教要旨
  「聖霊降臨」 榎本栄次牧師
     使徒言行録 2:1~13節
 今日はペンテコステ(聖霊降臨日)の礼拝を守っています。イエス亡きあと、弟子たちは人々からの迫害を恐れて隠れて集まりをしていました。そのような弟子たち一人ひとりの上に聖霊が下りました。すると彼らは怖れを捨て、外に出て人々の言葉でみ言葉を語り出しました。ペンテコステの出来事です。今日は教会の誕生日です。 
 教会という言葉には二つの呼び名があります。一つはエクレシア(集められた者)です。集められた者は、無欠陥のエリートたちではなく、むしろ世間からははみ出した変わり者であり、負け組の閉じこもりの人たちでした。「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪びとを招くためである」(マタイ9:13)と言われたとおりです。
復活後、主イエスは「力に覆われるまでは、都にとどまっていなさい」(ルカ24:49)「エルサレムを離れず、前に私から聞いた、父の約束されたものを待ちなさい」(使徒言行録1;4)と言われました。教会は、逃げ込むところです。集められた者は、祈ります。泣きます。助けを求めます。待ちます。叫びます。共に食事をします。話を聞き合います。そこに聖霊が下るのです。完全な受身形です。牧師も信徒も待つ者でなければなりません。
もう一つはディアスポラ(散らされた者)という言葉です。外に出ていくのです。追い出されるという意味もあります。遣わされたところでもあります。そこは「狼の群れに羊を送り込むようなもの」(マタイ10:16)です。礼拝を終え、ここからそれぞれ違ったところに散らされていくのです。その散らされた所が、ディアスポラとしての教会、キリストの体です。キリストは弟子たちを「強いて舟に乗せ、向こう岸へ先に行かせ」られました。(マタイ14:22)教会が教会になっていくためにはこの二つのことが必要です。
聖霊を与える。その約束を頂くために私たちは週毎に集まってくるのです。そして、主の使命を受けて散らされていくのです。約束を信じ待つ時、必ず主は助け主を送って下さいます。そこに主の教会があるのです。

2018年4月9日月曜日

2018年3月25日

2018年3月25日 棕梠の主日礼拝説教要旨(宇野牧師最終)
  「神とみ言葉にあなたがたをゆだねます。」 宇野稔牧師
  使徒言行録 20:17~35節

 3年間の勤めを終えるにあたり皆さまとの最終礼拝及び、受難週初日の礼拝に臨んでいます。「季節の風」春号と併せて受け止めてください。
パウロはユダヤ人中心のエルサレムの教会から疎まれながら命がけで地中海全体に教会を創ってユダヤ人以外にもイエス・キリストを宣べ伝えたのでした。そう云うパウロの働きはエルサレムにいるユダヤ人たちにとって許しがたいもののように思えたのですが、彼はどんな抵抗があっても自分の確信を曲げることなく邁進したのです。パウロは世界の都であるローマに行きたいと願いつつ、その前にエルサレム教会を訪ね地中海の至る所にキリスト教会が生まれ、育っている事実を伝えなければならないと決意しました。エルサレム教会がユダヤ人だけでかたまり、パウロが生み育てた教会が分裂することを危惧したのでしょう。
しかし、ユダヤ民族の裏切り者というレッテルを貼られているパウロがエルサレムに行くことは危険極まりないものでした。旅路の途中ミレトスにはエフェソの長老たちを呼んで遺言のような説教をしました。それは彼が教会という群れを世話し守っていくように最後に云い残した言葉でした。すなわち「交わり」です。教会においては愛の交わりが実現していることが大切なのです。だからこそ、何時も祈りと聖書に真剣に学ぶことです。み言葉が真理だからです。
パウロは3年間のエフェソの教会では嬉しい楽しいのみならず、夜も昼も涙を流していたともありますが、目を覚まして真理の到来を見つめているのです。それがキリスト者だと云います。涙を流す状況にでもキリストが存在するのを見つめて祈るのです。パウロは離れざるを得ないのです。困難があるだろうけれども彼自身何も出来ないのです。だからその中で「神とみ言葉にあなた方をゆだねます」と語りました。み言葉が人を造り上げるのです。3年間でしたが共に信仰生活が楽しく生き生きとできたことを大変嬉しく思います。お祈りありがとうございました。

2017年6月23日金曜日

2017年6月4日

2017年6月4日 主日礼拝説教要旨
「聖霊に満つ」 宇野 稔牧師
使徒言行録2章1~11節
 「五旬節の日が来て」とルカは書き出していますが、ルカにとって大切だったのは「その日が来た」ということにあります。その日というのは「五旬祭」ということではなく「神の定めたその日」が来たということです。ルカは「時が満ちる」という表現を使います。この世界を動かしているのは「神の時」だということです。そして私たちは神の時が満ちるのを待ち望んでいるようにと呼びかけています。教会は神の時を待つ存在なのですから。ただ黙って座して待つのではなく、嵐の中に身をさらしながら、嵐の次に訪れる光の時を指し示すような姿です。
 同志社の創設者である新島襄は「庭上の一寒梅 笑って風雪を侵して開く」という詩を残しました。これは逆境の中でも理想を求め待つ自らの姿が重ねられています。神の時を待ち望むキリスト者とはこのような存在なのです。弟子たちは主が約束して下さったその時を祈って待っていたのです。そこに聖霊が降るのです。神の出来事、神の時です。教会はこの世の中にあり、小さな存在かもしれません。強大で永遠不滅のように見えるローマ帝国が迫害しているという状況の中で使徒言行録は書かれています。それに対して教会が持っているものはただ一つでした。「希望」です。「神の勝利を信じる」ことです。それを待ち望むことです。
 「希望」とは将来を信じる心です。その根拠になるのは「たとえ今苦しくとも、自分には存在の意味がある」という確信です。この世界がどのように見えようとも神はあなたを必要としている。あなたが生きていることの意味、苦しんでいることの意味があるのです。私たちがなすべきことは、時がよくても悪くても神の時を待ち望むことなのです。
 寒梅が風雪の中で笑って咲くように、私たちもこの矛盾だらけの世の中で笑って真理を示して行こうではありませんか。神の時が満ちる時、私たちは聖霊に満ち、喜びにあふれて生きる勇気を得て歩むことが出来るのです。

2016年8月14日日曜日

2016年7月31日

2016年7月31日 主日礼拝説教要旨
  「神の選んだ器」宇野稔牧師
  (使徒言行録9章26〜31節)

 使徒言行録を読んでいると、ふと思うことがあります。「もしパウロという宣教者がいなかったら、キリスト教はせいぜい地中海沿岸地方に散在していたユダヤ教の一派にとどまっていた」、そんな仮説が立てられるくらに、パウロがキリスト教全体に及ぼした影響は大きいものがあります。
 パウロはローマの属州キリキアのタルソスで生まれ、ローマの文化も吸収し、学問を研き、精神的には一点の曇りもなユダヤ人として育ったのです。会堂においても律法教育を受けて育ち、アラム、ヘブライ、ギリシア語に精通していました。ローマの市民権を得ており裕福な家庭だったのです。
 パウロはキリスト教迫害運動に加わりダマスコを目指したのですが、到着するという所で彼は強烈な体験をします。それは主イエス・キリストとの出会いです。それによって回心し、キリスト教の宣教者になるのです。
 それで今日の箇所につながります。3年間ダマスコで宗教活動をしたのですが、まだ信頼されてなかったようで、そのパウロをエルサレム教会とつないだのがバルナバでした。パウロがまことのキリスト者であり、情熱の伝道者であることを知り、ペトロに紹介しました。主の兄弟ヤコブともつながります。バルナバはパウロを招き教会形成を共にします。そしてアンティオケア教会から世界宣教が始まっていくのです。
 パウロは主の選ばれた器でした。彼の働きは大きいものでした。しかし、器が働くためにどんな人々が必要だったでしょうか。周りで支える人、共に働く人がいなければパウロも存在しなかったのです。私たちも主に選ばれた器です。「自分はそんな器ではありません」と云うかもしれない、でも器が立派だから選ばれたのではありません。大切なのは「神が選んだ」ということの方です。神が選び用いて下さるのです。私たちが逃げ出しても追いかけて下さる。迷ったら探しだして下さる。傲慢になったら諌めて下さる。危険な時には守ってくださる・・・・それが選ばれたということです。
 これこそ私たちの喜びであり、希望なのです。その確信をもって生きて行きましょう。



2016年8月8日月曜日

2016年7月24日

2016年7月24日 主日礼拝説教要旨
  「神に喜ばれる関係」宇野稔牧師
  (使徒言行録4章32〜37節)

 そういう、姿の教会は多くの人に好感をもって受け入れられたとあります。「イエスこそ、キリストだ」と語り、その徴として「分かち合って」いたのです。そして、その姿こそ何よりの証しだったに違いありません。私たちの教会の姿は、如何なものでしょうか。今一度、この箇所と2章44〜47の初代教会が行われていた理想的な信者の生活を報告するまとめのことばを読み、私たちが目指すべき姿と為して行きましょう。 貧しい人は明日を生きることも苦境の中にいました。そういう時代と社会の中にあってイエス・キリストを信じる群れは「全てのものを共有し貧しい者は一人もいなかった」というのです。人が「持てるものを出し合い、必要なものを受け取る」、それこそ人間の理想の社会です。それが初代教会の姿だったのです。強制的でなく洗脳でもなく、イエス・キリストを見上げる中で自然に行われていたというのです。 もう一つの特徴は、「全てを共有し、貧しい者は一人もいなかった」という点です。昔がよい社会であったのではありません。当時のイスラエルは、現代と似通った経済状況、社会状況でありました。ローマ帝国の出現による経済構造の急激な変化の中で貧富の差が拡大していたのです。 その初代教会の姿をルカが伝えているのが、この箇所です。その特徴的なものの一つは「心も思いも一つにしていた」という事です。教会は様々な方が集まります。各々に考えも違うでしょう。でもその中で「心は一つ」というのです。皆が同じことを云うのではなく、「一つ」とは目指しているところが同じであるということでしょう。皆がイエス・キリストを見上げて歩んでいるのです。 ペトロが「この人にこそ救いがある」とイエス・キリストを語り、そこに人々が集ってきたのですから、世間の人々は注目したに違いありません。「イエス教の連中は、救われる、救われるというけれど、その救いとはどのようなものであるか」という目で教会を見たに違いありません。

2016年8月5日金曜日

2016年7月17日

2016年7月17日 主日礼拝説教要旨
  「思い切って、大胆に」宇野稔牧師
  (使徒言行録4章23〜31節)

 ペトロとヨハネが釈放されて教会に帰ってきました。心配していた仲間たちにこれまでの顛末を全て話したのです。ということは、「今後イエスの名によって何も語るな」と脅されたことを語ったのです。教会は小さく弱い群れでした。その教会に権力者が脅しをかけているのです。
 私たちなら「迫害が自分たちを襲うことがないように」と祈るのではありませんか。ところが、初代教会は「思い切って大胆に御言葉を語ることが出来ますように」と祈ったのです(29節)。それによってもっと大きな艱難が来るかもしれません。圧倒的力による迫害が起こるでしょう。それなのに今まで以上に「大胆に御言葉を語る」ことを求めて祈ったのです。
 その時、一同の集まっていた場所が揺れ動いたと記されています(31節)。
迫害や困難で動揺する時、私たちは何をすべきなのでしょうか。キリストは神に向かうのです。神を疑うような出来事は再三起こりまます。イエスキリストによって愛することを選択しても、この世界がそれを評価してくれるわけではありません。むしろ、それを嘲笑うような行動や言葉が返ってきます。
 愛に生きるなんて何の意味もないように思えることも起こってきます。でも私たちはどこに立つのでしょうか・・・・・。私たちは思い切って大胆にイエス・キリストの名に立つのです。キリストの十字架、十字架に向いていく愛こそが自分の生きるべきところであるという確信に立つのです。
 この世の力を目の当たりにしながら、見えない神の力に立つという決断をするというのは大変なことです。しかし、その決断力は祈りによって与えられるのです。私たちは「思い切って大胆に御言葉を語ること」「思い切って大胆に御言葉によって生きること」を求めて祈ろうではありませんか。
 神は祈りに応えて下さるのです。「求め、探し、叩き続けよ」というのがイエスが教えて下さった祈りの姿勢です。「思い切って大胆に」語り生きられるように祈っていきましょう。

2016年7月25日月曜日

2016年7月10日

2016年7月10日 主日礼拝説教要旨
  「見よ、生きている」宇野稔牧師
  (使徒言行録20章7〜12節)
 パウロは二つの願いを抱えていました。ローマとエルサレムに行くことです。この願いは敵地に単身で乗り込むことを意味し、死をも覚悟しなければならなかった程でした。そして出発のためにトロアスに集まるのですが、日曜日の夜彼らとの最後の礼拝が始まります。もう二度と会うことはないだろうと語るパウロの表情から、その決意の深さや厳しさを感じていたのです。
 夕方から始まった礼拝は真夜中になっても終わらず、それほど思いのこもった礼拝をしていたということですが、そこにエウディコという青年がいて居眠りをしていて3階の窓に腰掛けていた所からバランスを崩して落ちてしまったのです。皆は驚いてかけ寄り、生死を確かめると打ちどころが悪かったのか死んでいたのです。
 ところが、そこにパウロがやって来ます。そしてこう云うのです。「騒ぐな、まだ生きている」。果たしてパウロの言葉通り彼は息を吹き返したのでしょうか、本当に死んで蘇ったのでしょうか。事実は何であったかわかりません。ここではパウロだけが「話した」とあるだけです。しかしながら、ここで大切なのはパウロの言葉「まだ生きている」です。人々が「もう死んでしまった」と思った点は、パウロから見たら「まだ生きている」というのです。
 この箇所は「礼拝」について述べています。そして、エウディコという青年は礼拝で私たちの中に何かが起こるということを表しているのです。礼拝とは、死んでいる者が神から「あなたは生きている」との宣言を受ける空間なのです。K.バルトは「祈り手を合わせることは、この世界の無秩序に対する抵抗の始まりである」と云いました。矛盾の中で、矛盾が引き起こす悲惨な悲しみの中で「すでに死んでいる」ような人生を過ごしているかもしれません。しかし、その時、神に向かって手を合わせ祈るそのことが、この世界の矛盾に対する反抗の始まりなのです。この宣言は私たちの中に生きる力と未来への希望を与え、現実の中で「起き上がる」力を与えられるのです。礼拝はいのちの泉です。

2016年7月17日日曜日

2016年7月3日

2016年7月3日 主日礼拝説教要旨
  「イエスの名によって」宇野稔牧師
  (使徒言行録4章5〜12節)
 この箇所はペトロの説教の一部です。ペトロは「あの方は十字架にについて殺されたけれど、復活したイエスの名による」と証しをしたのでした。その内容は、当時の権力者を痛く刺激するものであったので、ただちに彼らは逮捕されたのです。
 その翌日イエスを十字架につけた同じメンバーによる詰問がなされます。つまり、自分の命惜しさにイエスを見捨てて逃げた者であるということを承知していたので、「何の権威によって行ったのか」という脅しをかけるのです。尻尾を巻いて退散するだろうと計算していたに違いありません。
 ところが、ペトロは逃げるどころかその証人喚問の場でイエスこそは救い主であると説教したのです。並み居る神学者、律法学者、祭司、議員を前にして一介の漁師に過ぎない彼が、「この人による以外に救いはない」と語り、救い主はイエス・キリストのみである、と云ったのです。つまり、この世界において本当の権威を持っているものはイエス以外にないということです。
 「救い」とは何でしょうか。悲しみや痛みからの一時的な逃避でしょうか。もちろん人間はある時には慰められる事を必要とします。しかし、慰められることだけが救いの最終の目標でしょうか。そうではありません。イエス・キリストの救いとは、人を変えることです。その一番の証がペトロです。ユダヤ人を恐れて逃げ出した彼が、今は同じユダヤ人を相手に堂々とイエス・キリストを証ししています。恐れなく自由に語り行動しているのです。
 イエスは私たちの主です。しかし、権力をもって支配する主ではありません。救いの主なのです。そして愛の主なのです。主イエスの愛を全てに優る権威として受け止める時、私たちは主イエスによって変えられ、どんな不安にも虚無にも優る力を得、恐れなく堂々と自由に生きることが出来るのです。それこそが、主イエス・キリストが私たちにもたらされた救いなのです。
 キリストを直視し聴き従うことです。

2016年5月31日火曜日

2016年5月15日

2016年5月15日 聖霊降臨日礼拝 説教要旨
  「神の力・霊の力・炎の力」宇野稔牧師
  (使徒言行録2章1〜8節)

 聖霊降臨日です。イエスが弟子たちから離れて天に昇ってから「助け主を送る」との約束を信じて待っていました。五旬祭の日についに「神の定めた時」が満ちて助け主が与えられたのです。その時の様子が具体的に記されているのが2と3節です。ここに記されている超自然現象は、神がそこに現れたということを表現するための古代人ルカの文学表現です。
 聖霊とは、ルーアッハというヘブル語ですが、これには「風」「息」という訳があります。イスラエルでは2種類の風が吹きます。一つは東風。激しい東風は砂漠や荒野から吹きつける風でした。熱風の中に砂を伴い、作物を駄目にし、生活を破壊し、ひどい時には町の機能さえ奪っていく破壊的力をもつ風のことです。「草は枯れ花はしぼむ。主の風が吹きつけたのだ」(イザヤ40:7)。これはまさに東風のことです。
 もう一つは西風です。地中海から吹き込む風です。冬の渇いた地に雨を降らせるのは西風です。夏の西風は灼熱の太陽にさらされている人間に穏やかで涼しい地中海の空気をもたらし、大地と人間を生き返らせる力、それが西風です。風は神の力です。人も国も滅ぼすことの出来る神の力なのです。しかし、その神の力は渇ききった人間の魂を潤し、慰め、生き返らせる力でもあるのです。国を滅ぼすことさえ出来る神の力、それが人を生かすために用いられるというのが「聖霊の働き」なのです。
 私たちの生活で途方にくれたり、不安や絶望したり、劣等感にさいなまれたり、そういう生き様の中で泥だらけになっている時に聖霊は「弱い私たちを助け、聖霊自ら言葉に表せない呻きをもって、私たちのために執りなしてくださるのです」(ロマ8:26)。
 私たちは聖霊を受けています。だからイエスを信じることが出来るのです。この社会の中で神の力、霊の力、炎のような愛によって生きる者となりましょう。

2016年1月5日火曜日

2015年5月24日

2015年5月24日ペンテコステ礼拝
    「聖霊の充満」 宇野稔牧師
(使徒言行録2章1~14節)

 ペンテコステを迎えました。教会が宣教を開始した日です。今日はペトロを通して聖霊降臨日のメッセージを考えます。
 ペトロはよくパウロと比べられます。パウロが優等生の扱いなのに対して、聖書に登場するペトロは、実に人間臭い失敗をする人物です。もちろん、弟子集団の指導的な働きとか、教会の大黒柱としてのペトロについても記されています。彼はこのように成功と失敗を重ねながら生きてきた人ですが、最後に決定的な失敗をします。それはイエスを否認すること、即ち第祭司の中庭で「おまえはイエスの仲間だろう」と云われるのですが、大声で「私はイエスなど知らない」と3度繰り返すのです。
 これはイエスへの裏切り、同時に時分という人間の否定でした。この言葉は彼の人生から生きる意味を奪ってしまったのです。
 彼が絶望のどん底にいることを自覚した時、自分に注がれている視線を感じます。それはイエスの眼差しでした。その眼差しはペトロにイエスと出会った時の思いや期待を思い起こさせたのです。ペトロは自分の惨めさを自覚すると同時に、そんな惨めな自分をなお愛してくださるイエスの愛に気づき大声で泣いたのでした。ペトロにイエスは聞きます、「あなたは私を愛するか」。それも3度も。ペトロは復活のイエスと出会って新しい生命を生きる決意をします。それはイエスを愛する人生です。
 そして、ペンテコステの日を迎えました。ペトロたちが集まって祈っていると、彼らは言葉には言い表すことの出来ない大きな力を感じたのです。その力とは神が共にいてくださるという確信でした。そして、その神が表に出てイエスの言葉を宣べ伝えよと語りかけたのです。ペトロは決心します、「今度こそイエスを愛するために自分の人生を生きる」と。そして人々に向かって「イエスこそ救い主」と語り始めます。神が共にいてくださるその確信こそ「聖霊のもたらす最も大きな賜物」なのです。
 聖霊に満たされましょう。そして恐れなく私たちの人生を歩もうではありませんか。