2020年5月2日土曜日

2020年4月26日

2020年4月26日 復活節第3主日礼拝説教要旨
   「恥かしがらずに生きる」 小笠原純牧師
     ヨハネによる福音書 21:1-14節
 その場にふさわしい服装というのがあると言われます。今日の聖書の箇所は「上着をまとって湖に飛び込んだ男の人」のことが語り継がれています。上着を着て湖に飛び込むわけですから、あんまりふさわしい服装ということでもないようです。
 シモン・ペトロが服を着たまま湖の中に飛込んだのは、イエスさまと出会ったからでした。ペトロは裸であったのをわざわざ、上着を着て、湖の中に飛込んだのでした。やはりイエスさまのところにいくのに、裸でいくわけにはいかないと考えたからです。ここにペトロのイエスさまに対する敬虔な気持ちが、よく現われているのです。
 ペトロのそうしたイエスさまに対する敬虔な気持ちというのは、とても大切な気持ちだと思います。そうしたイエスさまに対する敬虔さを忘れたところでは、私たちは自分が傲慢になってくるからです。でもペトロはやはり裸でイエスさまのところにかけつけてもよかったのではないかという気がします。
 ペトロたちは湖からあがって、イエスさまと食事をします。弟子たちはイエスさまから「子たちよ、何か食べるものがあるか」と言われています。イエスさまの気遣いに対して、弟子たちは素直に「ありません」と答えています。自分たちに力がなかった、努力したけどできなかったということを素直に認めています。聖書は「イエスさまに対してへんな遠慮や痩せ我慢をするな」と教えてくれています。自分たちでできなかったら、「一生懸命やったけれども、やっぱりできなかった」と、はっきり言えばいいと教えてくれています。
 ですから、ペトロは裸でイエスのところにかけつけてもよかったのです。私たちも、私たちの中にあるいろいろな弱さや恥かしさをみんなもって、イエスのところに集まってくればいいのです。私たちはこんなことは「恥かしい」というふうに思い、無理をして生きるのではなく、イエスさまにすべてを委ねて、恥かしがらないで生きてゆけばいいのです。
 私たちのことをすべて受けとめて、私たちを愛してくださる方がおられます。弱い私たちを招き、私たちを導いてくださる方がおられます。私たちはイエスさまにすべてのことをしっかりとお委ねし、希望を持って歩んでいきましょう。

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