2021年10月24日 降誕前第8主日礼拝説教要旨
「祝福された人生を歩む」 小笠原純牧師
マルコによる福音書 10:2ー12節
NHKの大河ドラマの「青天を衝け」の主人公の渋沢栄一は『論語と算盤』という本を書いています。渋沢栄一は恋愛関係という面では、現代の私たちからみれば、あまり感心できないこともあります。妻以外の女性とのおつきあいもたくさんあったと言われます。渋沢栄一の妻は、「父様も論語とは旨いものを見つけなすったよ。あれが聖書だったら、てんで教えが守れないものね!」と言ったそうです。
一般的にイエスさまの時代は申命記の24章の規定の解釈に基づいて、離縁状を渡したら離縁することができるというふうに考えられていました。しかしイエスさまは簡単に離縁するということに反対でした。それは離縁状を書いたら離縁できるとなると、立場の弱い妻が簡単に離縁されるということになるからです。
今日の聖書の箇所は、イエスさまが離縁について言われた言葉が記されてあるので、その言葉が絶対的な教えとなって、「キリスト教は絶対に離縁したらだめなんだ」というようにとらえられることがあります。でもイエスさまの時代と、私たちが暮らしている現代の日本の状況というのは同じではありませんから、「キリスト教は絶対に離縁したらだめなんだ」ということでもありません。現代の日本ではドメスティックバイオレンスというように、家庭内暴力が原因で、「このままでは殺される」というような状況で、夫から逃げ出して、離婚をしたいと思っているというような場合も出てきます。イエスさまが問題にされたのは、離縁できるとか、離縁してはならないということではなく、「だれかによって強制的につらい思いをさせられるとか、不幸にさせられるというようなことはだめなんだ」ということです。
イエスさまは天地創造のときから、神さまの大切な人として、人は創造されたのだと言われます。【天地創造の初めから、神は人を男と女とにお造りになった】。わたしは神さまの大切な人として創造されています。そしてわたしの隣にいる人も、神さまの大切な人として創造されています。このことを抜きにして、人が勝手なことをするということはあり得ないと、イエスさまは言われます。
私たちはみんな神さまから愛されている。そして大切な人として、その人生を歩んでいます。互いに助け合い、互いに尊敬しあって、神さまが祝福してくださる歩みでありたいと思います。
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